令和8年1月1日から、中小受託取引適正化法(以下、取適法)が改正されました。
今回の改正は、「法律が少し厳しくなった」というレベルの話ではありません。
受託事業者の資金繰りに直接影響する取引構造そのものが見直される内容になっています。
公正取引委員会が活発に活動していることからも、国が本事業に
本腰を入れて動いていることが大変良くわかります。
中小製造業における、資金繰りへの影響において、特に重要なのが、以下の3点の改正です。
- 手形取引の原則禁止
- 減額(値下げ)に対する考え方の変更
- 有償支給材料に関する支払ルールの明確化
これらはいずれも、これまで「慣行」として見過ごされてきた資金負担の押し付けにメスを入れるものです。
本記事では、受託事業者の立場から、取適法改正が資金繰りにどのような影響を与えるのかを整理します。
また、取適法の改正内容全体についてはこの記事で触れていますので、
そちらもご覧ください。
取適法改正で資金繰りが注目される理由
今回の取適法改正では、表面的には「手形の禁止」「減額の禁止」などが注目されがちです。
しかし、これらを貫いている共通テーマは資金繰り負担の所在です。
これまで受託取引では、
「資金繰りの負担は弱い側が負うもの」
という前提が、半ば当然のように存在していました。
この章では、なぜ資金繰りが問題視され、制度改正に至ったのか、その背景を整理します。
黒字でも資金が回らないという現実
多くの中小企業は、損益計算書上は黒字であるにもかかわらず、資金繰りに苦しんでいます。
私の支援先で実際に存在していたのは、
- 手形の決済サイトが長く、納品してから90日以上現金化できない
- 有償原材料の納品ロットが大きく、数か月先分の在庫を保有させられている
- 先方都合での無茶な返品によって、返金を求められることがある
- 極端に短い納期を提示され、残業による対応が必須となり、入金よりも残業代の支払が先に来る
といった事例によって、キャッシュフローが悪化するというケースです。
現実には、赤字に苦しむ事業者も多い中で、黒字の事業者ですら、資金繰りに翻弄されていた。
これが、今回の改正に至る重要な背景です。
借入が資金繰りをさらに圧迫する構造
資金繰りが厳しくなると、多くの事業者は借入によって一時的に資金を確保します。
借入金の返済は、損益計算書には載りません。(金利は損益計算書に載ります)
そのため、損益計算書上は黒字でも、キャッシュの増減で見ると、マイナスというケースも往々にしてあり得ます。
特に先に述べた理由で、短期的な資金不足のために、現金の借り入れを行い、
その分の返済によって、後々の現金がさらに圧迫されるということも起こります。
特に、利益ベースで黒字では、価格転嫁の打診も行いにくく、
その結果、十分な現金を確保することができず、
慢性的な資金繰りの悪化に陥ってしまうという悪循環も十分に起こり得ます
慣行が生んだ構造的問題
資金繰りを圧迫してきた要因の多くは、違法行為というより慣行として積み重なってきました。
- 長期手形が当たり前
- 値下げは協力するもの
- 材料費は後で精算するもの
こうした考え方が積み重なり、「受託事業者が資金繰りを肩代わりする構造」
が半ば当然のものとして定着してきました。
そのような対応を行わなければ、仕事が取れない/減らされる という文化があったことも確かです。
問題は、個々の取引条件ではなく、それらが組み合わさった結果、
受託事業者の資金繰りが慢性的に圧迫される構造が出来上がっていた点にあります。
取適法改正は、この慣行を前提とした構造そのものを見直すための制度改正です。
単にルールを守るかどうかではなく、取引の在り方が問われています。
こうした状況を前提に、「取引条件そのものを見直す必要がある」という問題意識のもとで、今回の取適法改正が行われました。
取適法改正で資金繰りの何が変わるか
前章では、受託取引において資金繰り負担が構造的に弱い側へ押し付けられてきた実態を整理しました。
第二章では、その問題意識を前提に、今回の取適法改正で法律が具体的にどう変わるのか、
そして中小製造業の現場で何が求められるのかを整理します。
手形・電子記録債権の禁止
法律の変更点
取適法改正により、手形による支払は原則として禁止されます。
例外的に認められる場合でも、実質60日以内に現金化できることが求められます。
また、電子記録債権(でんさい)についても、形式ではなく現金同等性が判断基準になります。
受託側として理解しておくべき点
これまで受託側は、
「手形は業界慣行だから仕方ない」
「電子だから問題ない」
と考え、支払条件に疑問を持ちにくい立場にありました。
しかし今後は、
入金までに何日かかっている取引なのか
を、受託側自身が把握しておくことが重要になります。
これは交渉のためだけではなく、
自社の資金繰りを正しく理解するための前提条件です。
減額(値下げ)に関する考え方の明確化
法律の変更点
発注後の一方的な減額や、合理的な根拠のない値下げは、
合意の有無や言い回しにかかわらず問題となることが明確化されました。
受託側として理解しておくべき点
現場では、
- 原価が上がっても価格は据え置き
- 「今回は厳しいから協力してほしい」と言われる
といったやり取りが長年続いてきました。
受託側としては、
「断れば仕事がなくなるのではないか」
という不安から、こうした条件を受け入れてきた面もあります。
取適法改正は、
そうした値下げを当然視する前提自体が見直される
というメッセージでもあります。
有償支給材料に関する支払ルールの明確化
法律の変更点
発注側が材料を有償で支給する場合、
その代金は適切なタイミングで現金または即時決済で支払うことが原則とされました。
材料代を後から相殺する、まとめて精算する、といった運用は問題視されます。
受託側として理解しておくべき点
製造業では、
材料は指定され、ロットも大きく、
結果として受託側が多額の材料費を一時的に立て替える
という取引が珍しくありません。
これまで「普通」だと思っていたこの形は、
受託側の資金繰りを圧迫する大きな要因でした。
改正後は、その前提が揺らいでいることを理解しておく必要があります。
共通しているのは「受託側が無理をする前提」を崩すこと
今回の取適法改正に共通しているのは、
受託側が資金繰りの調整役になる前提を認めない
という考え方です。
- 入金が遅れても我慢する
- 値下げには応じる
- 材料費は立て替える
こうした対応をしなければ取引が続かない、という前提そのものが見直されています。
取適法改正を踏まえて受託事業者に求められる対応
第二章で整理したとおり、取適法改正は
「発注側が守るべき義務が増えた」
という話にとどまりません。
受託側にとっても、
これまで曖昧に受け入れてきた取引条件を、整理・説明できる状態にしておくこと
が実務上、不可欠になります。
ここからは、受託事業者として最低限取り組むべき対応を整理します。
交渉は例外ではなく「経営行為」である
多くの中小製造業では、
「交渉すると関係が悪くなる」
「値上げや条件変更を言い出すのは気が引ける」
と考えられがちです。
しかし、取適法改正後の環境では、
交渉を行わないこと自体が経営リスクになり得ます。
資金繰りを圧迫する条件を放置することは、会社の体力を削り続ける選択でもあります。
取引がなくなる/減るリスクを恐れることはもっともですが、
社長が交渉の意思を示すことは、従業員と会社を守るための経営判断です。
まず交渉対象を明確にする
やみくもに交渉を仕掛ける必要はありません。
狙うべきは、資金繰りへの影響が大きい条件です。
具体的には、
- 入金までの期間が長い支払条件
- 材料費の立替が発生している取引
- 原価上昇を吸収できていない価格設定
これらは、取適法改正と直接結びつく論点であり、
交渉の正当性が最も高いポイントです。
特に手形については、多くの企業において廃止されています。
その中で、なお手形取引を継続しようとする企業の中には、
法改正の趣旨を十分に理解していないケースや、
受託側からの問題提起が出てこないことを前提にしているケースも見受けられます。
そのような状況下では、声を上げること自体が大きな意味を持つでしょう。
「法改正があったので…」は入口に過ぎない
交渉の場で、いきなり法律を前面に出す必要はありません。
重要なのは、整理された事実をもとに話すことです。
たとえば、
- 「現行条件では、入金まで90日かかっています」
- 「その間、材料費○○万円を立て替えています」
- 「この状態が続くと、資金繰りに支障が出ます」
こうした説明に、
「今回の取適法改正でも、この点が問題視されています」
と補足する形が、実務上は最も通りやすいケースが多いでしょう。
法律は盾ではなく、話を始めるための共通言語として使います。
段階的な交渉という選択肢
すべてを一度に変えようとすると、相手の反発も大きくなります。
実務では、段階的な交渉が有効です。
- まず支払サイトの短縮
- 次に材料費の精算タイミング
- 最後に価格そのもの
といった形で、優先順位をつけて交渉することで、
現実的な落としどころを見つけやすくなります。
交渉できない取引をどう考えるか
交渉をしても、
「うちは変えられない」「それなら取引を見直す」
と言われるケースも、当然あり得ます。
重要なのは、その時に
条件を飲み続けるかどうかを、経営として判断できるかです。
取適法改正は、
「すべての取引を維持する」ことを目的にした法律ではありません。
資金繰りを著しく圧迫する取引を見直す判断を、
現実的な選択肢として浮上させた制度でもあります。
交渉を前提に経営を組み立てる時代へ
これからの受託事業者に求められるのは、
「我慢して続ける」ことではなく、条件を整理し、交渉し、必要なら取引を選別するという姿勢です。
取適法改正は、そのための環境を整えたにすぎません。
社長が交渉を経営行為として位置づけ、
取引条件を自らの言葉で語れるようになること。
それが、改正後の環境を生き抜くための現実的な対応です。
一方で、なぜこのタイミングでこの法改正を行ったのか、
考えてみましょう。
デフレ脱却、賃上げ、金利上昇など、企業を取り巻くコスト環境は今後も厳しくなることが予想されます。
これは、資金不足がこれまで以上に経営へ致命的な影響を与える時代に入ったことを意味します。
交渉せずに受忍するという従来の選択肢が、もはや成立しにくくなっている背景には、こうした環境変化があります。
まとめ
取適法改正は、手形、減額、有償支給材料といった取引慣行を見直し、
受託側に資金繰り負担を押し付ける前提を是正する内容となっています。
重要なのは、法律が変わったことで、
これまで曖昧に受け入れてきた取引条件について、
受託側が整理し、相手と話し合う必要が生じたという点です。
支払条件、価格の決まり方、材料費の扱い。
これらをそのままにしておくことは、
今後は経営上のリスクになり得ます。
取適法改正は、
取引条件を見直し、行動に移すためのきっかけとして捉えるべき制度だと言えるでしょう。
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