令和8年1月1日から施行された取適法改正を受け、
制度が変わったことは理解しているが、取引先とどう向き合えばよいのかわからない
そのような声を、事業者の方から耳にする機会が増えています。

多くの事業者がこれまでの取引の経緯や、力関係を背景に
価格や条件について改めて話題にすることに、ためらっているように感じます。

その感覚自体は、決して特別なものではありません。

これまで、値下げや価格に出ないサービスを
ある種強いられてきた取引関係
だったことが背景にあるのでしょう。

一方で、国全体が今回の取適法改正を通じて、取引のあり方を見直し、
経営を安定させていくための環境整備を本腰を入れて取り組んでいます。

重要なのは、まずは、自社の置かれている状況や、取引構造を冷静に整理することです。

本記事では、
取適法改正をきっかけに経営を改善していくために、
事業者が最初に整理しておきたいポイントを確認するとともに、
国がどのような考え方のもとで制度整備や後押しを行っているのかを整理していきます。

本記事が、経営改善に向けた検討を進めるうえでの、
最初の整理材料となれば幸いです。

なぜ取適法改正があっても、すぐに会社を変えられないのか

取適法改正によって、取引の適正化に向けた制度的な枠組みは大きく前進しました。
それでもなお、多くの現場では「理解はしているが、行動には移れていない」という状況が見られます。

その背景には、多くの場合、これまで積み重ねられてきた取引の構造や、
判断の前提そのものがあります。
ここでは、なぜ取適法改正があっても現場が変わりにくいのか、その理由を整理します。

従来の取引慣行が判断基準として残っている

多くの事業者にとって、取引条件を判断する際の基準として、
法律や制度よりも、「これまでどのように取引を続けてきたか」という実体験に置きがちです。

長年積み重ねられてきた取引関係の中で形成された慣行は、
契約書に明記されていなくても、事実上の前提として機能しています。

特に製造業のようにパワーバランスがはっきりしていた業界であればなおさらでしょう。

そのため、法改正という外部環境の変化があったとしても、
従来の取引関係の見直しに踏み込むことはためらわれがちです。

これは受託側だけでなく、発注側においても同様です。
制度として変更点を理解していたとしても、
これまで続けてきた取引のあり方を前提に考えてしまう傾向は、容易には変わりません。

それらを勘案すると、皆様が、
取引がなくなってしまったらどうしよう
このような交渉を行って失礼ではないのか
自分たちが我慢すべきだ
といった判断を行うことも理解できます。

結果として、
法律は変わったが、実務はこれまで通り
という判断が、無意識のうちに選ばれやすい状況が続いています。

法改正への対応に手を付ける余力がない

取適法改正について、内容自体はすでに理解している事業者が大半でしょう。
何が問題視されてきたのか、どのような方向性が示されているのかに
ついても、把握は進んでいます。

それでもなお、実際の行動を起こせない背景には、
先に述べた心理的なハードルに加え、
現場の余力不足という現実があります。

多くの事業者は、日々の業務や取引対応に追われる中で、
これまで行ってこなかった取り組みを新たに始めるだけの
時間や人手を、十分に確保できていません。

特に、長年続いてきた取引関係の中で、
値下げ要請や無償対応に応じ続けてきた企業ほど、
すでに経営資源が消耗しているケースも少なくありません。

価格や取引条件を整理し、根拠を持って説明できる形にまとめるには、
かなりの手間と集中力が必要になります。

特に、値上げのための取り組みは、これまで経験したことがなく、
事業者にとっても、担当者にとっても、難易度の高い業務です。

一方で、そういった企業ほど、その取り組みに着手ができないという
悪循環に陥っている事業者も多いことが想像に容易いです。

その結果、
取適法改正の存在を認識していても、具体的な対応に着手できない。
こうした状況が、現場では広く見られます。

取適法改正を経営に活かすための前提整理

取適法改正を前に、多くの事業者が
「何かを変えなければならない」と感じていることでしょう。

一方で、具体的にどこから手を付ければよいのか分からず、
判断を保留している事業者は少なくありません。

第一章で整理した通り、
現場がすぐに動けない背景には、
取引慣行や心理的なハードル、そして現場の余力不足といった、
構造的な要因があります。

ただし、何もせずに状況が変わるのを待つ段階でもありません。

本章では、
取適法改正を経営改善につなげていくために、
行動に踏み出す前段階として、
まず整理しておきたい視点を確認していきます。

自社の立場と取引構造を客観的に把握する

行動の準備として、最初に行うべきことは、
自社がどのような立場で取引を行っているのか事実として整理することです。

あわせて、
・特定の取引先への売上依存度
・長期間、条件が見直されていない取引
・取引条件が厳しいにもかかわらず継続している案件
といった点を洗い出していきます。

この整理の目的は、
「どの取引をどうするか」を決めることではありません。
自社の取引全体を俯瞰できる状態をつくることにあります。

この時に重要なことは、感覚ではなく事実を整理することです。

「あの会社との取引は利益が上がっている」、と思っていた事業が実態は赤字であることも
珍しくはありません。

可能な限り構わないので、原価計算の結果に基いて、
収益を計算し、実態を把握するようにしましょう。

取引先の目線で自社を評価する

取適法改正を踏まえた準備として、
自社視点だけでなく、取引先から見たときの立場を整理しておくことも重要です。
その際に意識すべきなのが、スイッチングコストです。

スイッチングコストとは、
取引先が別の企業に切り替える際に発生する手間やリスク、コストを指します。
単に価格が安いかどうかだけでなく、
品質の安定性、納期対応、技術的な理解度、やり取りの円滑さなど、
さまざまな要素が含まれます。

取引先から見たとき、
自社に切り替えコストがどの程度存在しているのか。

仮に取引条件の見直しを申し出た場合、
「簡単に他社に替えられる存在」なのか、
それとも「簡単には替えられない存在」なのか。

この視点を持たずに行動に踏み切るのは、リスクが高くなります。

ここで重要なのは、
自社を過大評価することでも、過小評価することでもありません。
取引先にとっての実態を、冷静に把握しましょう。

そして、多くの場合、スイッチングコストは高いものです。

今この世の中で、苦しい取引条件でも仕事を請けるという会社は多くありません。

少なくとも、皆様の会社が「割に合わない」取引をしている場合、
取引先も簡単には替えの取引先を見つけることは難しいです。

この整理は、「強気に出るため」の材料ではありません。
どの取引から、どのように動くべきかを判断するための準備です。

取適法改正を活かすためには、
自社の負担だけでなく、
取引先から見た自社の位置づけを把握しておくことが欠かせません。

原価や負担の実態を説明できる状態にする

次に取り組むべきは、
自社がどのような負担を抱えながら取引を行っているのかを、
自分たちの言葉で説明できる状態にすることです。

ここで求められるのは、
精緻な原価計算や、完璧な数値資料ではありません。
重要なのは、

  • なぜ今の条件では厳しいのか
  • どこに無理が生じているのか

を、筋道立てて説明できることです。

たとえば、

  • 無償対応が常態化していないか
  • 当初想定していなかった作業が増えていないか
  • 特定の取引先だけ負担が偏っていないか

といった点を整理するだけでも、十分な準備になります。

例えば、取引開始時と発注ロットが変わっているにも関わらず、
単価は据え置き、といったケースは良く見られます。

取適法改正を踏まえた対応は、
感情や不満を伝える場ではありません。
事実をもとに状況を共有するための準備が、ここでの目的です。

取引先と向き合うための前提を整える

最後に整理しておきたいのが、
取引先とどのような姿勢で向き合うのかという前提です。

取適法改正は、
取引先と対立するための制度ではありません。
取引を継続していくために、条件や役割分担を見直すための土台です。

そのため、
「要求する」「押し通す」といった発想ではなく、
継続するために、どこを調整すべきか
という視点に立つ必要があります。

この前提が整理されていないと、たとえ正当な内容であっても、
話し合いは感情的になりやすく、前に進みません。

準備段階で行うべきなのは、
取引先とどう戦うかを考えることではなく、
どう向き合うかを整理すること
です。

国はなぜ、ここまで取引適正化に踏み込んでいるのか

第二章までで整理してきたとしても、
今までの取引環境では、取引先と交渉を行うことは難しかったでしょう。

価格転嫁の話は、事業者個人の努力や勇気に依存する話ではありません
現在の取適法改正は、国が取引構造そのものを是正しようとしている流れの一部です。

ここでは、

  • 法改正の背景
  • 国が用意している具体的な仕組み
  • 監督機関の動き

を整理し、「動く勇気」を後押しします。

取適法改正は、単独の法改正ではない

今回の取適法改正は、
単発で行われた制度変更ではありません。

長年続いてきた「優越的地位を前提とした取引慣行」を見直すために、
段階的に進められてきた施策の延長線上にあります。

人件費の上昇、原材料価格の高騰、最低賃金の引き上げといった環境変化の中で、
受託側だけが負担を抱え続ける構造は、もはや維持できない。

その問題意識が、政策レベルで共有されています。

つまり、
取適法改正は「一部の声の大きい事業者のため」の制度ではなく、
取引全体を持続可能な形に戻すための制度です。

パートナーシップ構築宣言が示す国のメッセージ

国が進めている施策の中でも、
象徴的なのがパートナーシップ構築宣言です。

この制度は、
発注側企業に対して
取引先との共存共栄を前提とした取引を行う
という姿勢を明確に示すことを求めています。

重要なのは、
この宣言が単なる努力目標ではなく、
金融機関や行政施策とも連動している点です。

発注側にとっても、
取引の適正化に向き合っているかどうかが、
企業評価の一部として見られる時代に入っています。

つまり、
受託側が条件の見直しを検討することは、
国の方針と正面から矛盾する行為ではありません。

価格転嫁は「例外」ではなくなりつつある

実際の価格転嫁の状況を見ても、
これまでとは明らかに流れが変わり始めています。

業界や企業規模による差はあるものの、
価格改定や条件見直しが行われた事例は、
確実に増えています。

2025年9月時点で53.5%という調査結果も出ていることから、
価格転嫁が急速に広がっていることがわかります。

これは、受託側が急に強くなったからではありません。
発注側もまた、
適正な取引を行わなければならない
という前提で判断を迫られているためです。

そして、その後押しをしているのは間違いなく国の政策です。

国が重点的に力を入れている今は、価格転嫁の交渉時といえるでしょう。

公正取引委員会の動きが示す実効性

取適法改正が単なる制度変更にとどまらないことは、
公正取引委員会(公取委)の実務動向からも読み取れます

近年の調査や書面対応では、価格転嫁や優越的地位の濫用に関する具体的な監督・注意喚起が、現場に向けて大量に発信されています

たとえば、令和5〜6年度に実施された価格転嫁円滑化に関する通常調査では、
前年度の調査で対象となった発注者数4,030社に対してフォローアップ調査が行われています。
令和6年度調査では前年度調査対象8,175社に対してフォローアップが実施された旨が報告されており、倍以上に増えています。

こうした調査で、発注先と協議なく価格据え置き等の状態が続いている事業者に対しては、公取委から具体的な注意喚起文書が送付されています

また、令和7年度の荷主と物流事業者との取引調査では、
646名の荷主に対して「独占禁止法上の問題につながるおそれのある行為」を
明示した注意喚起文書が送付されました。

こうした通達は、ただ形だけに終わるものではありません
公取委は、調査結果を基に、具体的な懸念事項を文書で通知し、
発注側企業に対して是正や取引の見直しを促しています。

対象企業数が数千社にのぼるという事実は、
監督が「限定的・稀なもの」ではなく、広く取引全体に影響を
与えるレベルで進んでいることを意味します。

また、従来の下請法に基づく勧告事例でも、
大手自動車メーカーが下請代金の不当な減額や、金型の保管で勧告を受けるなど、
具体的な是正措置が行われているケースも確認されています

このような通達・注意喚起・勧告は、価格交渉や取引条件の妥当性が
評価される環境へと変化していることの表れです。

取引の適正化に向けた実務対応が求められていることを、
このような公正取引委員会の動きを理解することで、より深めることが大事です。

まとめ

取適法改正は、
「様子を見る」段階を終え、動くことが合理的な局面に入っています。

法改正に加え、パートナーシップ構築宣言の推進、
公正取引委員会による通達・注意喚起・勧告といった動きからも、
国が取引構造の是正に本気で踏み込んでいることは明らかです。

今、求められているのは、
実際に動く前提で準備を進め、行動に移すことです。

自社の立場や取引構造、
原価や負担の実態、
取引先から見た自社の位置づけを整理したうえで、
取引条件に向き合う。
それが、取適法改正を経営改善につなげるための、現実的な一歩です。

皆様の会社が適切な利益を確保できる体制を構築し、
今後の発展を加速する一助になれば幸いです。

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