2026年3月12日、予算委員会。
四半世紀続いたデフレからインフレへの急激な転換期において、日本経済の「屋台骨」である中小企業はどう生き残るべきか。
福田達夫先生の質疑は、単なる政策論を超え、日本人の価値観そのものへの問いかけとなりました。
当サイトでは、この重要な質疑の内容を、価格転嫁と付加価値向上の視点から詳しくレポートします。
日本経済の屋台骨「雇用の7割」を守るという決意
質疑の冒頭、福田達夫先生は「国民の7割が生活の助けを得る中小企業・小規模事業者がしっかり稼げる仕組みを作ることこそが、地域の力を底上げする」と強調しました。
これに対し、以下のように答弁しました。
「中小・小規模事業者は雇用の7割、付加価値の5割を占める日本経済の屋台骨。地域経済を支える小規模事業者から、世界と戦う売上100億円超の中小企業まで、全国各地で主役として頑張っておられる。何としても稼ぐ力を強化するための支援を続けていきたい」
政府としても、中小企業を単なる「守るべき存在」ではなく、「稼ぐ力の主役」として明確に位置づけています。
デフレからインフレへ:価値観の「正常性バイアス」を打破する
福田達夫先生は、現在の日本が直面している変化の本質を「4半世紀ぶりの転換」と定義しました。
- デフレ社会: 何もしなくても明日は物の価値が上がる(貨幣価値が上がる)ため、「動かないこと」が選択肢になる社会。
- インフレ社会: 何もしなければ価値が下がる。一方で、「価値ある行動」をした人が正しく評価され、価格に反映される社会。
赤沢亮正経済産業大臣は、人間が変化を拒もうとする「正常性バイアス」に触れつつ、次のように応じました。
「変化をピンチと捉えず、AIやデジタル化、省力化を通じて生産性を向上させ、現状維持ではなく『変化に挑む企業や人が報われる形』に軸足を移していく」
数字で見る価格転嫁の現在地:転嫁率53.5%の壁
12年にわたる環境整備を経て、ようやく「価格交渉の場」は整いつつあります。
中小企業庁が示した最新(2025年9月調査)のデータは、その進捗と課題を浮き彫りにしました。
| 指標 | 2022年3月 | 2025年9月 |
| 価格交渉を行った企業の割合 | 87.2% | 89.4% |
| コスト全体の価格転嫁率 | 41.7% | 53.5% |
交渉の場に立てる企業は約9割まで増えましたが、コスト上昇分を実際に価格へ転嫁できている割合はいまだ半分(53.5%)に留まっています。
福田氏は、「いいものを作っても高くできない」というデフレ時代の常識を打破することこそが、政治の役割であると訴えました。
2026年1月施行「新・取適法」が変える取引のルール
2026年1月1日に施行された改正取適法(および振興法)は、この「転嫁率の壁」を突破するための強力な武器です。
赤沢大臣は、今後の取り組みについて以下のように明言しました。
- 発注者リストの公表: フォローアップ調査に基づき、不適切な取引を行う発注者を可視化する。
- 指導・助言の徹底: 330名の取引調査員(下請Gメン)による実態把握に基づき、事業所管大臣が直接指導を行う。
- 一丸となった後押し: 公正取引委員会と連携し、中小企業の価格転嫁を強力にバックアップする。
労務費の交渉に際して覚えておきたいこと!
今回の質疑でも触れられた通り、価格転嫁の中でも特に「労務費(人件費)」の交渉は、発注者側から「生産性向上で賄え」と突き返されやすい項目です。しかし、公正取引委員会の指針では以下の行動が「バツ(×)」とされています。
- 「生産性向上で吸収しろ」と一方的に強いること: 受注者の努力だけに頼ることは不適切な行動です。
- 根拠資料がないと受け入れない: 最低賃金の上昇幅など公的な指標を示しているにもかかわらず、詳細すぎるコストデータの開示を強要することは許されません。
- 協議の場を設けない: 受注者から言い出さなくても、発注者は定期的に交渉の場を設ける義務があります。
時間は会社を守るための資産
福田氏は最後に、「働き方が賃金に、そして新たな挑戦ができる力に繋がる場を作ること」の重要性を強調しました。
「良い仕事が正当に評価される場」を作るためには、経営者が自社の「作業時間」を付加価値へと変える努力をすると同時に、それを「正当な価格」として主張する勇気が必要です。2026年、法改正という追い風を背に、私たちは「デフレの常識」という重い鎖を解き放つ時を迎えています。
予算委員会の質疑で示された「デフレの常識を覆す」という力強いメッセージを受け、中小企業側には単なる「待ち」の姿勢ではない、能動的な変化が求められています。
以下に、今回の議論を踏まえて中小企業が今すぐ取り組むべき実務的なアクションをまとめました。
これを受けて中小企業に求められること
国会で「価格転嫁は正当な権利である」と明言され、法整備(改正取適法)が整った今、中小企業にはその「武器」を使いこなすための具体的な行動が求められています 。
「待ち」を捨て、自ら価格を提示する
これまでは発注側からの提示を待つのが通例でしたが、インフレ局面ではその沈黙が自社の首を絞めることになります。
- 発注者からの提示を待たず、自社の労務費や原材料費の上昇分を踏まえた「希望価格」を自ら提示することが重要です 。
- 提示する際は、自社だけでなく、自社のサプライヤー(再委託先)の労務費上昇分も合わせて検討し、価格に反映させる姿勢が求められます 。
- 交渉の場は改定時だけでなく、普段からのコミュニケーションを通じて、コスト変動の情報を共有し続ける必要があります 。
「感情論」を「データ」に置き換える
「赤字で苦しい」という訴えだけでは、発注側の担当者が社内決裁を通すことは困難です。相手を納得させるための客観的なエビデンスを揃えましょう。
- ジョブコスティング(個別原価計算)の導入: どの製品のどの工程に何分かかり、最低賃金の上昇が具体的にいくらのコスト増を招いたのかを数値化します 。
- 「時間あたり付加価値」の把握: 総額の粗利ではなく、1時間あたりにどれだけの価値を生み出しているかを測定し、収益性の低い「不採算案件」を特定します 。
- 精緻なデータがあれば、「これ以上のコスト増は自助努力の範囲を超えている」と論理的に主張することが可能になります 。
交渉プロセスを「協議記録」として資産化する
交渉のテーブルで交わされた言葉は、記録に残さなければ法的な効力を持ちません。
- 5W1Hでの記録: 誰が、いつ、どのような理由で改定を拒んだのか、具体的な発言を引用して記録を残します 。
- 「確認の強制」: 交渉後に合意事項や保留事項をメールで送り、相手に確認を求めるプロセスを徹底します 。
- 発注者側が「こちらで管理する」と言っても、必ず自社でも記録を作成し、保存・管理を行ってください 。この記録こそが、不当な「買いたたき」を防ぐ最強の盾となります 。
経営の「正常性バイアス」を打破する
福田氏が指摘した通り、従来のやり方に固執することは、インフレ社会ではリスクでしかありません。
- 付加価値の再定義: 単なる加工賃の積み上げではなく、自社の技術や短納期対応が顧客にどのような価値(利益)をもたらしているかを再確認します 。
- 非付加価値作業の排除: 現場に潜む「探し物」や「段取りの停滞」といった、顧客が代金を払ってくれない無駄な時間を徹底的に削減します 。
- AIやデジタル技術を積極的に取り入れ、既存のビジネスモデル自体を「今の時代に合わせた形」へとアップデートする挑戦が求められています(大臣答弁より)。
「限界利益」に基づいた決断を下す
すべての受注を守ることが正解とは限りません。
- 変動費(材料費や動力費)さえ賄えない仕事は、作れば作るほど現金を失う「出血」状態です 。
- データに基づき、改善の余地がない案件については、価格交渉を断行するか、あるいは「断る勇気」を持つことが、会社と従業員を守るための健全な経営判断となります 。
編集後記
今回の予算委員会の議論は、まさに当ラボが提唱する「ジョブコスティングによる可視化」と「取適法を活用した交渉」の重要性を裏付けるものでした。
「忙しいのに儲からない」を卒業するための実践的なステップを、これからも配信してまいります。
問い合わせ
当サイトでは、中小製造業を対象に、
経営数値の整理、原価計算の考え方、利益構造の見直し、現場と経営の接続といった観点から、個別の状況に即した整理と助言を行っています。
無料相談を含め、原価計算に関する確認や、各種コンサルティングについての問い合わせを受け付けています。
課題が明確でなくても構いません。
現状の違和感や悩みを言語化するところから対応していますので、問い合わせページよりご連絡ください。
