粗付加価値とは、企業が生み出した付加価値額のうち、減価償却費を差し引く前の金額を指す考え方です。

これに対して、減価償却費を差し引いた後の金額は「純付加価値」と呼ばれます。

銀行融資の面談資料や補助金の申請書類、業界団体が公表する統計資料などで「付加価値額」という言葉を目にしたとき、「この数字はどのような計算式で出されているのか」「自社で独自に計算した数字と定義がズレていないか」と迷った経験はないでしょうか。

特に、人件費・営業利益・減価償却費・賃借料・租税公課・金融費用を積み上げて計算する「付加価値額」の計算式(加算法)を振り返ると、この数字が実質的に「粗付加価値」に当たることに、あらためて気づく方も多いはずです。

本記事では、粗付加価値と純付加価値の違いを整理したうえで、中小企業実態基本調査で使われる付加価値額との関係、そして賃上げ原資や設備投資判断に活かすための考え方までを、中小企業診断士がわかりやすく解説します。

「うちの付加価値額」、その数字は何を含んでいますか?

経営数値の整理を進める中小製造業の経営者・経営幹部の方から、付加価値額の「中身」について、次のような戸惑いの声をよく耳にします。

銀行融資や補助金申請で見る「付加価値額」の定義に戸惑う

金融機関からの借入や、ものづくり補助金をはじめとする各種補助金の申請書類では、「付加価値額」の増加率が審査や採択の基準に用いられることが少なくありません。

ところが、申請書類に記載されている計算式をよく見ると、減価償却費や賃借料までもが「付加価値」に含まれていることに驚く方は多くいらっしゃいます。

「利益が増えていないのに、なぜ付加価値額は増えているのか」という違和感の背景には、この減価償却費の扱いが関係していることがほとんどです。

賃上げ原資を計算したら、思ったより数字が小さかった

従業員への還元を検討する際、「付加価値額のうち、どこまでを人件費に回せるか」を試算する場面があります。

このとき、設備投資に伴う減価償却費まで含んだ数字をそのまま賃上げの原資と捉えてしまうと、実際に自由に使える現金の余力を過大に見積もってしまうリスクがあります。

減価償却費は、過去に支払った設備投資費用を会計上分割して計上しているものであり、手元に残る現金そのものではないためです。

この点を整理せずに議論を進めると、経営会議の場で数字の解釈がかみ合わなくなる原因になります。

粗付加価値とは?純付加価値との違い

ここでは、粗付加価値と純付加価値、それぞれの定義と計算式を整理します。

粗付加価値の定義と計算式

粗付加価値とは、売上高から外部購入価値(材料費・外注加工費・購入部品費など)を差し引いた金額のうち、減価償却費を控除する前の状態を指します。

計算式で表すと、次のようになります。

粗付加価値 = 売上高 - 外部購入価値(減価償却費は控除しない)

あるいは、要素を積み上げる加算法を用いる場合は、次のように表せます。

粗付加価値 = 人件費 + 営業利益 + 減価償却費 + 賃借料 + 租税公課 + 金融費用

いずれの計算式でも、減価償却費が「価値の一部」として含まれたままになっている点が共通しています。

純付加価値の定義と計算式

純付加価値とは、粗付加価値から減価償却費をさらに差し引いた金額を指します。

純付加価値 = 粗付加価値 - 減価償却費

減価償却費は、設備という資産が使用によって価値を失っていく分(資本の消耗)を表す会計上の費用であるため、これを控除することで「設備の目減り分を補填したうえで、なお残る正味の価値」を把握できます。

経済学の分野では、この純付加価値の考え方こそが、企業や国が本当の意味で新しく生み出した価値に近いとされています。

違いを生む「減価償却費」という存在

粗付加価値と純付加価値の違いは、突き詰めれば「減価償却費をどちらの側に含めるか」という一点に集約されます。

減価償却費は現金の支出を伴わない費用でありながら、将来の設備更新に備えて確保しておくべき原資でもあるという、やや特殊な性質を持っています。

この性質を理解しないまま数字だけを見比べると、「同じ付加価値額のはずなのに、資料によって金額が違う」という混乱が生まれやすくなります。

中小企業の「付加価値額」は、実は「粗付加価値」に近い

それでは、実際に中小製造業が目にする公的統計や補助金申請の「付加価値額」は、粗付加価値と純付加価値のどちらに近いのでしょうか。

中小企業実態基本調査の付加価値額の計算式

経済産業省・中小企業庁が実施する中小企業実態基本調査では、付加価値額を次の計算式で定義しています。

付加価値額 =(売上原価のうち労務費・動産不動産賃借料・減価償却費)+(販管費のうち人件費・賃借料・減価償却費・租税公課)+(営業外費用のうち支払利息・割引料)+ 経常利益 + 能力開発費

この式を見てわかるとおり、減価償却費は控除されるのではなく、加算する側の要素として組み込まれています。

つまり、中小企業実態基本調査で公表されている付加価値額は、定義のうえでは「粗付加価値」に該当する数字だといえます。

国民経済計算(GDP統計)における粗付加価値・純付加価値

一国の経済全体を対象とする国民経済計算(GDP統計)の世界でも、粗付加価値と純付加価値は明確に区別されています。

GDP(国内総生産)は、各経済主体が生み出した「粗付加価値」の合計として算出されており、ここから固定資本減耗(設備の減価償却に相当する概念)を差し引いたものが、国内純生産(NDP)や国民所得(NI)と呼ばれる純付加価値ベースの指標になります。

企業の決算書や補助金申請で使われる「付加価値額」の多くは、このGDP統計と同じ「粗」の考え方に基づいて計算されている、と理解しておくと数字の位置づけが整理しやすくなります。

各指標の違いを一覧で比較する

ここまで紹介してきた指標の違いを、一覧表で整理しておきましょう。

指標計算の考え方減価償却費の扱い主な使われ方
粗付加価値付加価値額に減価償却費を含めたまま計算する含める(控除しない)中小企業実態基本調査の付加価値額、GDP統計の粗付加価値
純付加価値粗付加価値から減価償却費を差し引く差し引く国民所得(NI)の算出、より厳密な生産性分析
付加価値額(加算法)人件費+営業利益+減価償却費+賃借料+租税公課+金融費用含める(実質的に粗付加価値)補助金申請、業界統計との比較
付加価値率付加価値額 ÷ 売上高使う付加価値額の定義に依存する生産性・収益性の比較指標

このように、普段「付加価値額」として目にしている数字の多くは、粗付加価値に該当します。

自社の付加価値額を人件費への還元や設備投資判断に使う際は、この前提を踏まえたうえで数字を読み解くことが欠かせません。

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粗付加価値と純付加価値、製造業のモデルケースで計算してみる

定義だけでは実感がわきにくいため、簡単なモデルケースで実際に計算してみましょう。

前提となる数字を整理する

ある機械部品メーカーの、ひと月分の数字が次のとおりだったとします。

項目金額
売上高5,000万円
外部購入価値(材料費・外注加工費)2,000万円
人件費1,800万円
減価償却費300万円
賃借料100万円
租税公課50万円
支払利息等(金融費用)50万円
営業利益700万円

控除法と加算法で計算してみる

まず、控除法で粗付加価値を計算すると、次のようになります。

5,000万円(売上高)-2,000万円(外部購入価値)=3,000万円

次に、加算法で確認してみましょう。

1,800万円(人件費)+700万円(営業利益)+300万円(減価償却費)+100万円(賃借料)+50万円(租税公課)+50万円(金融費用)=3,000万円

どちらの方法で計算しても、粗付加価値は3,000万円で一致します。

減価償却費を引くと、印象はどう変わるか

この3,000万円から、減価償却費300万円を差し引くと、純付加価値は2,700万円になります。

一見わずか300万円の差に見えますが、この300万円は「将来の設備更新のために確保しておくべき原資」であり、自由に使える現金として賃上げにそのまま回せる部分ではありません。

粗付加価値の3,000万円だけを見て人件費への配分余地を判断すると、実態よりも楽観的な計画を立ててしまうおそれがあります。

粗付加価値を賃上げ原資・設備投資判断に活かす実践のポイント

粗付加価値と純付加価値の違いを理解したところで、実際の経営判断にどう活かせばよいのかを整理します。

賃上げ原資は「純付加価値」で慎重に見積もる

賃上げの原資を検討する際は、粗付加価値ではなく、減価償却費を差し引いた純付加価値をベースに考えることをおすすめします。

設備投資を積極的に行っている企業ほど減価償却費が大きくなるため、粗付加価値だけを見ると、実際の現金余力以上に「儲かっている」ように見えてしまうためです。

純付加価値をもとに人件費比率(人件費 ÷ 純付加価値)を計算し、無理のない範囲で昇給や賞与の原資を検討することが、持続可能な賃上げにつながります。

設備投資の再投資余力は「粗付加価値」で捉える

一方で、将来の設備投資や研究開発への再投資余力を検討する場面では、減価償却費を含んだ粗付加価値で捉える方が実態に合っています。

減価償却費は、いわば「過去の設備投資を回収している最中の資金」であり、これを再び設備投資に振り向けることは、企業活動として自然な資金循環だからです。

賃上げの検討には純付加価値、設備投資の検討には粗付加価値というように、目的に応じて使い分ける視点を持つとよいでしょう。

労働生産性を他社・過去と比較する際の注意点

労働生産性(付加価値額 ÷ 従業員数)を他社や過去の自社と比較する際にも、この違いは影響します。

設備投資のタイミングや減価償却の方法(定額法・定率法など)によって減価償却費の金額は変動するため、粗付加価値ベースの労働生産性だけを比較すると、設備投資の有無や会計処理の違いが数字に紛れ込んでしまうことがあります。

可能であれば、粗付加価値ベースと純付加価値ベースの両方を算出し、どちらの傾向で数字が動いているのかを確認する習慣を持つことをおすすめします。

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粗付加価値・純付加価値に関するよくある質問

最後に、粗付加価値と純付加価値について、実務でよく寄せられる質問に簡潔にお答えします。

減価償却費は、決算書のどこを見ればわかりますか?

減価償却費は、損益計算書(PL)の売上原価や販管費の内訳、あるいは製造原価報告書の「経費」の項目の中に記載されているのが一般的です。

決算書によっては「減価償却費」として独立した科目で表示されず、他の経費と合算されているケースもあるため、その場合は税理士や会計事務所に依頼して内訳を確認してもらうとよいでしょう。

キャッシュフロー計算書を作成している企業であれば、営業活動によるキャッシュフローの区分に「減価償却費」の金額が明示されているため、そちらを参照するのも簡便な方法です。

補助金の申請でも、粗付加価値の考え方をそのまま使えますか?

ものづくり補助金をはじめとする各種補助金では、多くの場合、付加価値額の計算式や算出根拠となる書類の様式があらかじめ指定されています。

本記事で紹介した中小企業実態基本調査の計算式と近い形が採用されることが多いものの、補助金の種類によって細部の定義が異なる場合があるため、申請時は必ず公募要領に記載された計算式を確認することをおすすめします。

本記事の内容は、あくまで自社の数字を正しく理解し、社内での議論を整理するための考え方として活用してください。

まとめ|どちらの付加価値を見ているか、意識するところから

粗付加価値と純付加価値の違いは、突き詰めれば「減価償却費を含めるかどうか」という一点にあります。

中小企業実態基本調査をはじめ、多くの補助金申請や統計資料で使われている「付加価値額」は、定義のうえでは減価償却費を含んだ粗付加価値に近い数字です。

この前提を知らずに数字だけを追いかけると、賃上げ原資を過大に見積もったり、他社比較で誤った結論を導いたりするおそれがあります。

まずは自社が普段目にしている「付加価値額」が、粗付加価値と純付加価値のどちらに近い性質を持つ数字なのかを意識するところから始めてみてください。

数字の使い分けに関する疑問が出た場合は、人件費の配分や設備投資の計画を含めて整理しましょう。

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筆者紹介

吉岡翼(中小企業診断士) 
付加価値創造ラボ主宰

中央大学法学部卒。独立系コンサルティングファームにて東証プライム上場企業から中小製造業の経営支援に従事。
独立後は、「人と企業の理想を、現実に変える力に」を理念に価格転嫁や生産性向上の支援に注力している。